Share

「浮気女」にされた私が拾った「貧乏男」は、過保護な億万長者でした ~私を売った家族よ、跪いて許しを乞うても手遅れです~
「浮気女」にされた私が拾った「貧乏男」は、過保護な億万長者でした ~私を売った家族よ、跪いて許しを乞うても手遅れです~
Author: 白石マサル

第一話 もう、いい子はやめる

last update publish date: 2026-10-12 16:25:05

「桜。宏一、譲るわ」

 控室の空気が、ピシリと凍った。

 母が「え?」と固まる。父の眉間に深いシワ。桜だけが一瞬、目を見開いて——すぐにいつもの「か弱い妹」の仮面を被り直す。早い。さすが前世からの主演女優。

「お姉ちゃん……本当に、いいの……? 宏一さんのこと、好きだったんじゃ……」

「いいえ。欲しいならあげる。ドレスも」

 肩紐に手をかけ、私は自分でデザインしたドレスを迷いなく脱ぎにかかった。

 抵抗ゼロ。むしろ全力譲渡。

 あまりにもあっさりとした態度に、部屋にいた誰もが戸惑っていた。特に父は、明らかに拍子抜けした顔をしている。

 ——そりゃそうだろう。まさか娘が抵抗なしで婚約者を差し出すとは、誰も思わない。

 でも、これは私なりの計算だ。

 前世。この結婚式の日に、私は家族全員に裏切られた。

 両親は、桜を私の婚約者・宏一と結婚させるため、私に薬を盛った。目が覚めたら知らない男の腕の中。ご丁寧にカメラマンまで待機済み。

 婚約破棄。世間の総攻撃。実家からポイ捨て。

 ——それでも終わらなかった。

 夜の店で働いて食い繋いでいた私は、再び薬を盛られ、裏社会に連れ去られた。気づいたときには腎臓が一個消えていて、最後は路上で誰にも看取られず死んだ。

 はい、ここまで前世ダイジェスト、終わり。

 そして私は今、また同じ結婚式の朝に立っている。

 ——同じ地獄をもう一周する気は、さらさらない。

 前世の私は、ここで泣いて縋って「私は悪くない」と叫び続けた。

 ——結果? 「哀れで往生際の悪い女」の完成。家族にとっては最高の燃料になった。

 だから今度は、逆を行く。

 奪われるものは、くれてやる。

 その代わり——一つ残らず、取り返す。

「有希、顔色が悪いわ。これでも飲んで落ち着きなさい」

 母が差し出してきたのは、コップ一杯の牛乳。

 ——来た。

 前世の記憶が、頭の中で警報を鳴らす。これだ。すべての始まりのグラス。

 受け取るふりをして、指先にほんの少し力を込める。

 カラン。

 グラスが割れ、白い液体が絨毯にじわりと広がった。

「ごめんなさい、手が滑って」

 母の顔が、コンマ一秒だけ強張る。

「大丈夫? 怪我は」

 心配そうな声色。だけど視線は完全に、割れたグラスの破片に釘付け。

 ——証拠、消したいんでしょ? 残念でした。

「平気。片付けは私がするから、先に会場行ってて」

 三人を控室から追い出し、ドアを閉める。

 一人になった部屋で、私はひざまずき、割れた破片をハンカチに一つずつ、丁寧に、大事に包んでいく。

 これが、はじまり。

 前世では手に入らなかった証拠。前世では届かなかった真実。

 今度は、私の手で全部掴む。

 ハンカチをポーチの奥に沈めながら、鏡を見る。

 ——もう、いい子はやめる。

 婚約者も、ドレスも、家族ごっこも。欲しいなら、全部くれてやる。

 その代わり——今度こそ、私の人生は私が取り返す。

 鏡の中の女が、静かに笑っていた。

 その時、控室のドアが乱暴に開いた。

「有希、来なさい。式が始まる。それと——」

 父の背後に、見たこともない男が立っていた。

 全身、傷だらけ。

 服はボロボロで、片方の腕からは血が滲んでいる。目だけが、やけに静かにこちらを見ていた。

 嫌な予感が、背筋を這い上がる。

 まさか——

 父の口が、ゆっくりと動いた。

「お前の『浮気相手』だ」

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 「浮気女」にされた私が拾った「貧乏男」は、過保護な億万長者でした ~私を売った家族よ、跪いて許しを乞うても手遅れです~   第八話「もしかして、ヤキモチ?」

     ——長い。 キスって、こんなに長くできるものだっけ。 頭の芯がぼうっとして、そんなどうでもいい感想しか浮かんでこない。 ようやく唇が離れた瞬間、私は反射的に彼の胸を押した。「ちょ、ちょっと待って」「何を?」「何をじゃない! さっきの、通知!」 我に返った私は、水滴を滴らせる巧の顔を、じっと見上げた。「あなたのスマホに、誰から連絡来たの?」 巧は、一瞬だけ目を丸くしたあと——ふ、と小さく笑った。「それが気になって、キスの途中も気が散ってたのか」「うるさい黙って。答えて」 私が本気で睨むと、巧は仕方なさそうに肩をすくめ、洗面台の上のスマートフォンを手に取った。「ほら」 差し出された画面を、私は思わず覗き込む。 ——な、なにこの信頼感。普通、見せてくれなくない? 画面に表示されていたのは、通知一覧。【真琴:今日の飯、何食べた?】【真琴:返信遅すぎ】【真琴:無視するなら押しかけるぞ】 ——え。「……真琴って、誰?」「学生時代からの、唯一の友人」 ——それだけ? 拍子抜けした私は、画面を上から下まで、もう一度確認する。 キリル文字も、「Босс(ボス)」という登録名も、どこにも見当たらない。 ——気のせいだった、のかな。あの日見た通知は。 もやもやとした違和感は残るものの、少なくとも今この瞬間の通知には、Wに繋がるようなものは、何もなかった。「……ふうん。ただの友達か」 安堵と、ちょっとした拍子抜けが混ざった声が出る。「そう。ただの友達」 巧は画面をポケットにしまいながら、こちらをまっ

  • 「浮気女」にされた私が拾った「貧乏男」は、過保護な億万長者でした ~私を売った家族よ、跪いて許しを乞うても手遅れです~   第七話 差出人は、W

    「公開」ボタンを押した瞬間、世界が変わったわけじゃない。 ——けど、私の中では、確実に何かが動き出した。 私が公開したのは、自分で作曲した楽曲のデモ音源だった。 高校時代から、私はネット上で「Yuki」として活動してきた。 正体不明。顔出しなし。それでも「令和の歌姫」と呼ばれるほど、話題になっていた。 ——前世では、この曲を桜に盗まれた。 私の評判が地に落ち、家から追い出された隙に、桜はこの曲を自分名義で発表した。 そうして手に入れたのが、「天才美少女音楽プロデューサー」という肩書き。 ——ふざけるな、と思う。 しかも三日後には、業界の著名人が集う晩餐会が控えている。世界的音楽家・東堂凜まで出席する、あの場所。 前世の桜は、そこでこの曲を披露し、一躍脚光を浴びた。 ——だから、今回は先に行く。 しかも今回は、Yuki名義じゃない。 自分の実名で。 これで、この曲の本当の作者が誰なのか、誰にも否定できない形で刻まれる。 投稿を終え、スマートフォンを置いた、その直後。 ——ピロン。 メール受信の通知音。 見慣れないアドレスから、一通のメールが届いていた。 嫌な予感がしながらも、開く。 添付されていたのは——養父が会社を使って行っていた資金洗浄の証拠。 さらに、桜と宏一が旅館へ出入りする監視映像。 ——これ、私が自分じゃ絶対に手に入れられなかったやつだ。 差出人の名前を確認する。「W」 ——W。 その二文字を見た瞬間、前世の記憶が、頭の奥でカチリと音を立てた。 前世、私が孤立して、世間から袋叩きにされていたあの時。 たった一人、私を庇い、

  • 「浮気女」にされた私が拾った「貧乏男」は、過保護な億万長者でした ~私を売った家族よ、跪いて許しを乞うても手遅れです~   第六話 公開、ボタン

     宏一の後ろ姿が、人混みの中に消えていく。 ——それでも、私はまだ、巧の腕の中から動けていなかった。「……有希?」 耳元で名前を呼ばれて、やっと我に返る。「な、なんでもない。ちょっと、びっくりしただけ」 慌てて一歩距離を取ったけれど、まだ心臓はうるさいままだった。 ——絶対、今の顔、赤くなってる。 巧は何も言わず、ただ愉快そうに私を見下ろしている。 ——その顔、やめて。見透かされてる気がするから。 そう思った、次の瞬間。 離れていったはずの宏一が、数メートル先で足を止め、振り返った。「——有希。一つ、忘れてた」 苛立ちを隠しきれない声。「その男、いつまで囲うつもりだ? 記憶喪失の行き倒れなんて、金の切れ目が縁の切れ目だ。すぐに愛想尽かすことになるぞ」 ——最後まで、嫌味を言わずにいられないんだ、この人。 呆れて言葉も出ない私の横で、巧が、静かに一歩前へ出た。「金の切れ目、ね」 低く、けれど妙に落ち着いた声だった。「なら、確認してくれるか」 巧は、懐から一枚のカードを取り出し、私にそっと差し出した。 漆黒のカード。刻印以外、何もない、ただの黒い板。 ——な、なにこれ。 意味は分からないけれど、受け取らない選択肢はなかった。 私はそのカードを受け取ると、そのまま宏一の頬に、軽く押し当てる。「今の私に、あなたじゃ手が届かないの」 宏一の顔が、カードを見た瞬間、凍りついた。「これ……まさか……」 ——なんか、めちゃくちゃ驚いてるけど。 世界にわずか五枚しか存在せず、限られた名家しか

  • 「浮気女」にされた私が拾った「貧乏男」は、過保護な億万長者でした ~私を売った家族よ、跪いて許しを乞うても手遅れです~   第五話 言い争うだけじゃ、何も変わらない

    「これ、俺も一緒に潰していいか?」 巧の声が、静かに耳に届いた。 ——今、記憶喪失の人が言う台詞じゃないよね、それ。 けれど、そんなツッコミすら、うまく声にならなかった。 数千件の罵倒コメントを前に、指先が震えている。「……巧」「大丈夫。俺がついてる」 肩に置かれた手のひらの温度が、やけにはっきり伝わってくる。 ——おかしいな。前世の私なら、とっくに心が折れてる場面なのに。 震えていた指が、少しずつ、力を取り戻していく。「……ありがとう。でも」 私は顔を上げた。「これは、私がやる」 巧が、少しだけ目を見開いた。「一人でか?」「一人でいい。——ううん」 言い直す。「一人がいい。この人たちに、思い知らせるのは、私の役目だから」 しばらく私を見つめたあと、巧はふっと小さく笑った。「……そういうところ、嫌いじゃない」 ——なにその言い方。記憶喪失設定、どこ行った。 けれど今は、それを追及している場合じゃない。 私はスマートフォンを握り直し、司法書士の嘉納さんに連絡を入れた。「嘉納さん。世間対応は私がやります。相続手続きは、そのまま進めてください」 通話を切ったあと、新しいアカウントを作成する。 アカウント名——「越前有希」。本名。顔出しなし。けれど、逃げも隠れもしない宣言。 投稿ボタンを、迷いなく押した。【三日後、私の潔白を証明する証拠を、すべて公開します】 続けて、もう一文。【養父母、橘家、そして桜へ】【逃げも隠れもしません。受けて立ちます】 ——宣戦布告

  • 「浮気女」にされた私が拾った「貧乏男」は、過保護な億万長者でした ~私を売った家族よ、跪いて許しを乞うても手遅れです~   第四話 前金は、キス一つ

     ——一方その頃。 結婚式場では、ウェディングドレス姿の桜が、しれっと祭壇の前に立っていた。「あの、花嫁……有希さんじゃない、よね?」「え、じゃあ誰と結婚するの、恒一さん……」 ざわつく参列者たち。 養父は青筋を立てながら、「有希のやつ、わざと桜に恥をかかせたな」と歯ぎしりしていたらしいけれど—— 残念。そんな高尚な計算はしていない。 ただ、私は必要なものを取りに行っただけだ。 ……というわけで、私は今、我が家(8平米)のキッチンに立っている。「はい、できた」「……これ、俺の……?」「あなた以外に誰がいるの」 湯気の立つ味噌汁と、卵焼き。豪華ではないけれど、心を込めた朝ごはん。 巧は、それをじっと見つめたあと、そっと箸をつけた。「……美味しい」「でしょ?」 ——素朴な感想だけど、なんか妙に嬉しい。 食事をしながら、私はふと、罪悪感めいたものを覚えた。 ——この人を、復讐の道具として利用してる自覚はある。 だったら、せめて。「巧。私、貯金あるから」「……え?」「これから、私があなたを養う」 きっぱりと言い切って、私はテーブルの下から一枚の紙を取り出した。 婚姻届。「一緒にいてくれるなら、ちゃんと責任持つ。だから——」「……8平米の部屋、で……?」「悪い?」 巧は、しばらく黙って私を見つめていた。 ——あ、これは断られるパターンかもしれない。 そう思った矢先。「……くくっ」 小さく、彼が笑った。「な、何よ」「いや……可愛いなと思って」 ——え。今、記憶喪失の人が言う台詞じゃなくない? 動揺する私をよそに、巧はペンを手に取り——けれど、すぐには紙に触れなかった。「サインする前に」「な、何」「前金、欲しいんだけど」「前金って……お金なら——」「お金じゃない」 巧の指先が、そっと私の顎に触れた。「キス、してくれないか」 ——は???? 頭の中で盛大にハレーションが起きる。 え、この人、記憶喪失って設定どこいった?「べ、別にそんなの——」「してくれないなら、サインしない」 にこり、と笑う顔が、やけに自信満々だった。 ——ずるい。この顔、絶対ずるい。 しばらく睨み合ったあと、私は諦めて彼の頬に、ちょん、とキスを落とした。 顔が熱い。心臓がうるさい。 巧は一瞬だけ驚いたような

  • 「浮気女」にされた私が拾った「貧乏男」は、過保護な億万長者でした ~私を売った家族よ、跪いて許しを乞うても手遅れです~   第三話 六千億円の令嬢、爆誕

     我が家、8平米。 家、というか、ワンルーム。「……ここ、住んでるとこ……?」 巧が、部屋を見渡して固まっている。 ——そりゃそうだろう。昨日まで財閥の御曹司だった人が来る場所じゃない。「文句あるの?」「……いや……」「ならよし」 私は彼を強引に座らせ、救急箱を取り出した。 腕の傷は、思ったより深い。 ——これ、絶対に「浮気相手役」用の小道具レベルの怪我じゃない。ガチだ。 消毒液を含ませた綿を近づけると、巧がびくりと肩を震わせた。「……痛い、の……?」「まだ触ってもないけど」「……怖い、から……」 上目遣い。震える声。 ——うん、この演技、あざとすぎでは? けれど顔には出さず、私は淡々と傷の手当てを続けた。「動かないで。すぐ終わるから」「……有希、は……俺の、婚約者……?」「違うけど」「……捨てないで、くれ……」 ——いや誰があなたを捨てるなんて言った。 呆れながらも、私はふと、手を止めた。 前世の自分と、目の前で怯えている男が、一瞬重なった。 誰かに縋らなければ生きていけなかった、あの頃の自分。「……分かった分かった。しばらく面倒見てあげるから、大人しくしてて」「……本当、に……?」「本当。その代わり、大人しくね」 巧は、ほっとしたように——いや、明らかに満足そうに、小さく口角を上げた。 ——今の顔、絶対「怯えてる男」の顔じゃなかったよね? 見なかったことにしよう。うん。 翌朝、私は巧を置いて鑑定機関へ向かった。 手にしているのは、あの日拾った牛乳グラスの破片。 ——これが、家族への反撃の第一歩。 鑑定士に破片を預け、結果が出るまでの間、私はスマートフォンで調べ物を進める。 前世の記憶を頼りに、養父の会社の不審な資金の流れ、桜と宏一の接点、そして——「越前様。少しお時間よろしいでしょうか」 声をかけてきたのは、依頼していた司法書士の嘉納さんだった。 やけに神妙な顔をしている。「鑑定結果、何か問題でも?」「いえ、それとは別件で……単刀直入に申し上げます」 嘉納さんは、書類を一枚、私の前に差し出した。「越前様は、故・神代グループ会長の、唯一の血縁者であることが判明しました」 ——は?「神代……家?」 聞き間違いかと思った。だって、神代家といえば——日本有数の名家。政財界に強い

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status